「AIに在庫数を質問すれば、すぐに回答してくれる」
「売上データを分析して、今後の需要を予測してくれる」
生成AIの進化によって、このような使い方が身近になりつつあります。
しかし、実際の業務ではどうでしょうか。
AIが「来週は原材料が不足する可能性があります」と教えてくれても、発注数量を決め、仕入先へ注文するのは、結局人間というケースも少なくありません。
つまり、AIが情報を分析して回答することと、AIが実際の業務を動かすことは、別の問題なのです。
2026年6月9日、クラシルのデータエンジニアが公開した「データエンジニアこそ組織のオントロジーに向き合うべき」という記事では、この問題をデータ基盤と業務設計の観点から考察しています。
そこで注目されているのが「オントロジー」という考え方です。
聞き慣れない言葉かもしれませんが、製造業の在庫管理や生産管理などにも関係する重要な概念です。
今回は、専門的な内容を中小企業向けに整理しながら、「答えるAI」から「業務を動かすAI」へ進むには何が必要なのかを解説します。
AIにデータを渡すだけでは、なぜ業務は自動化できないのか?
まず、製造業の在庫管理を例に考えてみましょう。
ある食品工場では、原材料の在庫をExcelで管理しています。
生成AIを利用して在庫データを分析できるようになれば、次のような質問に回答できるかもしれません。
- 現在の原材料Aの在庫数はいくつか
- 先月の使用数量はどれくらいか
- 過去3か月で使用量が増えている材料は何か
- 来週の生産予定に対して在庫が不足しそうな材料はあるか
これだけでも、情報を探したり集計したりする手間を減らせる可能性があります。
しかし、原材料が不足することがわかっても、発注が自動的に完了するわけではありません。
実際には、次のような処理が必要です。
- 生産予定から必要数量を計算する
- 使用可能な在庫数量を確認する
- 不足する数量を算出する
- 仕入先と納期、発注条件を確認する
- 担当者の承認を得る
- 発注システムへ登録する
AIが在庫数を回答できるようになっても、これらの業務処理が自動的につながるわけではないのです。
「答えるAI」と「業務を動かすAI」の違い
違いを整理すると、次のようになります。
| 比較項目 | 答えるAI | 業務を動かすAI |
|---|---|---|
| 主な役割 | 情報の検索・分析・回答 | 判断支援から業務処理への連携 |
| 在庫管理 | 在庫数を回答する | 不足を検出し発注案を作成する |
| 利用する情報 | 在庫表や集計データ | 在庫・生産予定・発注条件・権限など |
| 処理の結果 | 回答や分析結果を表示 | 承認や登録など次の処理につなげる |
| 必要な仕組み | データ検索・分析基盤 | 業務ルール・処理機能・権限管理 |
なお、「業務を動かすAI」といっても、すべての処理をAIに任せる必要はありません。
例えば、AIが発注案を作成し、人間が承認した後に通常の業務システムが発注処理を実行する構成も考えられます。
DX担当 ちゃま男先輩!AIが在庫不足を見つけてくれるなら、そのまま発注までやってもらえばいいんじゃないですか?
ちゃま男の先輩そうした仕組みは作れる可能性があるよ。でも、誰の承認が必要なのか、どの仕入先へ発注するのか、重複発注をどう防ぐのかも決めなければならないんだ。
DX担当 ちゃま男なるほど。AIが答えを出せても、会社の仕事のルールまで理解しているとは限らないんですね!
オントロジーとは?製造業の在庫管理でわかりやすく解説
ここで登場するのが「オントロジー」です。
オントロジーとは、簡単に言えば、業務に登場するものの意味や、それらの関係を整理・定義する考え方です。
例えば、食品工場には次のようなものが存在します。
- 原材料
- 製品
- 在庫
- 生産予定
- 仕入先
- 発注書
それぞれは独立して存在しているわけではありません。
原材料は製品の製造に使用され、製品は生産予定に基づいて製造されます。
原材料が不足すれば、仕入先から調達する必要があります。
オントロジーでは、こうした業務上の対象や意味、関係を整理します。
在庫数が500kgでも、500kgすべてを使えるとは限らない
具体例で考えてみましょう。
ある工場に原材料Aの在庫が500kgあるとします。
しかし、その中には次のような在庫も含まれています。
| 在庫の状態 | 数量 |
|---|---|
| 帳簿上の在庫 | 500kg |
| 品質検査中の保留在庫 | 100kg |
| 他の生産予定に引当済み | 250kg |
| 使用可能な在庫 | 150kg |
※説明用の架空の数値です。保留在庫と引当済み在庫が重複しない前提で計算しています。
帳簿上の在庫は500kgですが、実際に新しい生産予定へ使える数量は150kgです。
ここで、来週の生産予定に220kg必要だとします。
不足する数量は、
220kg − 150kg = 70kg
となります。
ただし、実際の発注数量は、発注単位、仕入先の納期、安全在庫なども考慮して決める必要があります。
もしAIが「在庫は500kgあるから問題ない」と回答したらどうでしょうか。
数値を取得する処理自体は正しくても、業務上の判断としては誤っている可能性があります。
この問題は、AIの計算能力だけでは解決できません。
「在庫」とは何を指すのか、「使用可能な在庫」とは何かを、会社として定義しておく必要があるのです。
オントロジーで整理する4つの要素
製造業の在庫管理を例にすると、次のように整理できます。
| 要素 | 内容 | 製造業での例 |
|---|---|---|
| 対象 | 業務に登場するもの | 原材料、製品、仕入先 |
| 属性 | 対象が持つ情報 | 在庫数量、ロット、納期 |
| 関係 | 対象同士のつながり | 製品に原材料を使用する |
| 操作 | 業務上の処理 | 引当する、発注する、承認する |
ただし、操作まで同じ仕組みで管理するかどうかは、採用する技術やシステムの設計によって異なります。
例えば、米国Palantirの「Ontology」では、データの対象や関係だけでなく、業務上の操作を定義する「Action Type」なども扱います。
ちゃま男: 先輩!オントロジーって、会社の業務マニュアルみたいなものですか?
先輩: 似ている部分はあるけれど、少し違うね。マニュアルは人が仕事を理解するための説明だけど、オントロジーは業務に登場する対象や関係を、システムでも扱えるように整理する考え方なんだ。
ちゃま男: つまり、「原材料」「在庫」「発注」がどうつながっているかを明確にするんですね!
先輩: そうだよ。ただ、オントロジーだけで発注が自動化されるわけではなく、別途、業務処理や承認の仕組みも必要になるんだ。
なぜデータを集めるだけでは不十分なのか?
中小企業のDXでは、まず紙やExcelで管理している情報をデジタル化することがよくあります。
例えば、次のような状態です。
- 受注情報は販売管理システム
- 生産予定はExcel
- 原材料の在庫は別のExcel
- 品質検査結果は紙の帳票
- 発注情報は購買システム
- 仕入先との調整はメール
これらの情報を集めるだけでも一定の価値があります。
しかし、単に1つのデータベースへ集約すれば、AIが正しい判断をできるようになるとは限りません。
同じ言葉でも部署によって意味が違う
例えば、「在庫数量」という言葉です。
製造部門では、実際に製造へ使える在庫を意味しているかもしれません。
経理部門では、帳簿上の棚卸資産として計上される数量を指しているかもしれません。
購買部門では、発注判断に使う引当可能数量を重視している場合があります。
こうした定義の違いを整理しないままAIにデータを渡すと、回答が業務上の期待と一致しない可能性があります。
重要なのは、データを集めることだけではなく、そのデータが何を意味するのかを明確にすることです。
AIに業務ルールを覚えさせるだけでは不十分
例えば、生成AIに「70kg以上不足したら発注して」と指示したとします。
しかし実際には、発注先によって最低発注数量や納期が異なることがあります。
また、一定金額以上の発注には管理職の承認が必要かもしれません。
こうした条件は、AIへの指示文だけに依存させるのではなく、業務システム側で確実に確認できる形にすることが望ましいでしょう。
特に、在庫の更新や金額の計算、承認権限の確認などは、通常のプログラムによって決められた条件どおりに処理する方法が適している場合があります。
「答えるAI」から「業務を動かすAI」への全体像
中小製造業の在庫管理・発注業務を例にすると、次のような構成が考えられます。
【ここに図解「答えるAIから業務を動かすAIへの4ステップ」を挿入】

- 業務データを整える: 在庫数量、生産予定、品質保留、引当情報などを管理する。
- 意味と業務ルールを定義する: 使用可能在庫の計算方法や発注条件、承認権限を明確にする。
- AIが判断を支援する: 不足の原因を説明したり、発注案を作成したりする。
- 承認と業務処理につなぐ: 担当者が内容を確認し、既存の業務システムで処理を実行する。
この構成なら、AIが得意とする分析や非定型の情報整理と、通常の業務システムが得意とする確実な処理を組み合わせられます。
ただし、この図は業務設計の概念例です。特定のAI製品や業務システムが、一連の機能を標準で提供することを意味するものではありません。
AIに任せるべき仕事と、従来のシステムに任せるべき仕事
ここは中小企業がAIを導入する際に、特に重要な判断ポイントです。
何でもAIに処理させればよいわけではありません。
例えば、在庫管理であれば次のように役割を分けることが考えられます。
| 業務内容 | 適した処理方法の例 |
|---|---|
| 在庫数量の計算 | 通常の計算プログラム |
| 原材料の必要数量の算出 | 定義済みの計算ロジック |
| 発注点や最低発注単位の確認 | 業務ルールによる判定 |
| 過去の発注トラブルの要約 | 生成AIによる情報整理 |
| 複数の発注候補の比較・説明 | AIによる判断支援 |
| 発注の承認 | 権限を持つ担当者 |
| 発注データの登録 | 業務システム・API連携 |
| 発注履歴の保存 | データベース・業務システム |
例えば、原材料の必要数量を計算するだけなら、従来のシステムでも対応できる場合があります。
わざわざ生成AIを利用する必要はありません。
一方で、「納期遅延のメール」「過去の仕入先トラブル」「例外的な発注条件」など、形式が統一されていない情報を整理する場面では、生成AIが役立つ可能性があります。
重要なのは、AIを使うこと自体を目的にするのではなく、業務に合った技術を選ぶことです。
AIが発注処理を実行する場合、どんなリスクがある?
AIエージェントによる業務自動化を考える場合、特に注意したいのが、誤った処理が実際の取引や在庫へ影響することです。
例えば、AIが誤った発注案を作成し、そのまま実行してしまった場合です。
必要以上の原材料を発注すれば、余剰在庫や保管費用の増加につながる可能性があります。
反対に、発注数量が不足すれば、生産計画に影響するかもしれません。
このような問題を防ぐには、次の対策が重要です。
① 承認が必要な処理を明確にする
発注、支払い、在庫調整など、事業に大きな影響を与える操作では、人間の承認を組み込む方法が考えられます。
特に初期段階では、AIによる自動実行よりも、発注案の作成と担当者による承認から始める方が安全です。
② AIが実行できる操作を制限する
AIがすべてのシステムを自由に操作できる状態は避ける必要があります。
例えば、発注案の作成は許可しても、承認なしの発注確定は許可しないといった設計です。
また、担当者の権限に応じて、利用できる機能を制限することも重要です。
③ 二重発注や誤登録を防ぐ
AIが同じ処理を繰り返した場合でも、二重発注が起きないようにする必要があります。
例えば、発注番号や処理状態を確認し、同じ発注を重複して登録できないようにする仕組みです。
④ 実行した内容を記録する
どの情報をもとに、どのような発注案が作成され、誰が承認し、何が実行されたのかを記録します。
この記録があれば、問題発生時の原因調査や運用改善に役立ちます。
⑤ 例外や障害への対応を用意する
AIが判断できない場合や、外部システムとの通信が失敗した場合には、安全に処理を中断できる仕組みが必要です。
取引や設備などに関わる重要な業務では、通常の業務システム以上に慎重な設計と検証が求められます。
中小企業でもオントロジーを構築する必要がある?
ここまで読むと、「オントロジーという新しいシステムを導入しなければならないのか?」と思う方もいるかもしれません。
しかし、必ずしもそうではありません。
オントロジーは、業務に登場する対象や関係を整理する考え方でもあります。
中小企業では、最初から大規模な専用プラットフォームを導入する必要はありません。
例えば、次のような方法でも、業務の意味やルールを整理できます。
- 原材料マスタや製品マスタを整備する
- 在庫数量の定義を統一する
- 製品と原材料の構成関係を管理する
- 発注条件をルールとして明文化する
- 業務システム同士のデータ連携を整備する
これらは、そのままPalantirのようなオントロジー基盤を構築することとは異なります。
しかし、AIに業務を正しく理解させ、実際の処理につなげるための重要な基礎になります。
特に中小製造業では、既存の業務システムやノーコードツールを活用しながら、段階的に整備する方法も考えられます。
kintoneやi-ReporterはAI活用にどうつながる?
例えば、紙の製造日報や設備点検記録を使用している企業の場合です。
現場の情報が紙の帳票や個別のExcelに分散していると、AIで分析する以前に、必要な情報を集めることが難しい場合があります。
そこで、まず現場のデータを電子化し、管理しやすい状態に整えることが考えられます。
例えば、i-Reporterで製造日報や原材料使用実績などの情報を記録し、kintoneなどの業務システムで関連するデータを管理する構成です。
ただし、i-Reporterやkintoneを導入するだけで、AIによる自動発注やオントロジーが完成するわけではありません。
実際には、データの定義、システム間連携、計算ロジック、承認処理、AIとの連携機能などを、業務に合わせて設計する必要があります。
重要なのは、最初からAIによる完全自動化を目指すのではなく、現場データを継続的に蓄積・活用できる状態を作ることです。
中小企業は何をすべきか?5つの実践ステップ
では、AIによる業務自動化を目指す中小企業は、何から始めればよいのでしょうか。
STEP1:AIで改善したい業務を1つ選ぶ【最優先】
最初から会社全体の業務を自動化しようとする必要はありません。
例えば、原材料の発注案作成、設備トラブルの対応履歴検索、生産計画の変更連絡など、対象となる業務を1つ選びます。
そのうえで、現状どのような作業が発生し、どこに負担がかかっているのかを整理します。
担当するのは、対象業務を理解している現場責任者とDX担当者です。
STEP2:業務に登場するデータと関係を整理する
対象業務に必要な情報を洗い出します。
原材料の発注業務であれば、在庫、引当、生産予定、仕入先、発注条件などです。
その際、同じ名称でも部署によって意味が異なっていないか確認します。
例えば、「在庫数量」が帳簿上の数量なのか、使用可能な数量なのかを明確にします。
STEP3:判断ルールと承認権限を明文化する
次に、業務で実際に行っている判断を整理します。
例えば、次のような内容です。
- どの条件で発注が必要になるか
- 発注数量はどのように計算するか
- どの仕入先へ発注するか
- いくら以上なら上長の承認が必要か
- 例外的な発注を誰が判断するか
ここでは、経営者や業務責任者の関与が重要です。
業務ルールはシステム担当者だけで決められるものではありません。
STEP4:まずはAIによる「提案」から始める
最初からAIへ発注を自動実行させる必要はありません。
例えば、AIが原材料不足の原因を説明し、発注案を作成するところまでを試します。
その結果を担当者が確認し、通常の発注方法で処理する運用です。
正確性や業務負担を確認しながら、必要な部分から自動化の範囲を広げます。
STEP5:効果を測定して改善を続ける
試験運用後は、次のような指標を確認します。
| 評価指標 | 確認すること |
|---|---|
| 発注案作成時間 | 従来より作業時間が短くなったか |
| 提案の修正率 | AIの提案を人がどれだけ修正したか |
| 発注ミス件数 | 数量・仕入先などの誤りが発生していないか |
| 承認処理時間 | 承認待ちによる遅れが減ったか |
| 業務担当者の負担 | 操作や確認がかえって増えていないか |
AIの回答が正確でも、担当者の確認作業が増えてしまえば、期待した業務改善につながらない場合があります。
導入前と導入後を比較し、実際に成果が出ているかを確認しましょう。
AI活用の前に、自社のデータ整備状況を確認しよう
AIによる業務自動化を目指す場合、まずは現在の業務データや運用ルールがどの程度整備されているかを確認することが重要です。
ラック・インターナショナル株式会社では、中小製造業向けに「AI READY診断」を公開しています。
データ化・構造化・業務ルールの言語化など、AI活用に向けた準備状況を全10問・約3分で確認できます。
※独自の簡易セルフチェックであり、AI導入の実現可能性や導入効果を保証するものではありません。
まとめ|AIを導入する前に、業務の仕組みを整理することが重要
AI技術の進化によって、企業が蓄積しているデータを分析するだけでなく、実際の業務処理へ活用する可能性が広がっています。
しかし、AIが情報を回答できることと、業務を安全かつ正確に実行できることは別の問題です。
そのためには、次の5つが重要になります。
- 業務に必要なデータを整理する
- データが何を意味するのかを明確にする
- 業務上の判断ルールを定義する
- AIと通常の業務システムの役割を分ける
- 承認や権限管理を含めた安全な運用を設計する
特に中小企業では、最初から高度なAIエージェントを導入する必要はありません。
まずは在庫管理や発注業務など、改善したい仕事を1つ選び、その業務で使っているデータと判断ルールを整理することから始めてみましょう。
AIが賢くなることを待つのではなく、AIが正しく仕事を進められるように、自社の業務を整理する。
それが、「答えるAI」から「業務を動かすAI」へ進むための重要な第一歩です。
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参考資料
- Zenn「データエンジニアこそ組織のオントロジーに向き合うべき」(2026年6月9日)
- Palantir公式「Ontology」
- Palantir公式「Action types」
- Palantir公式「Approvals」
※本記事は2026年11月時点の公開資料をもとに作成しています。製造業の在庫・発注業務の例は、技術の考え方を説明するために独自に構成したものです。

