「AIを導入すれば、今の仕事をもっと効率化できるはず」
「システムを作ってもらったのに、現場では思ったほど使われていない」
「開発会社に要望を伝えたのに、完成したシステムが想像と違っていた」
中小企業でDXやAI導入を進める際、このような問題に直面することがあります。
生成AIの進化によって、業務システムの試作品を作ったり、プログラムを生成したりすることは以前より身近になりました。
しかし、システムを作りやすくなったからといって、必ず業務改善につながるわけではありません。
「何を実現したいのか」が曖昧なままでは、AIを導入しても期待した成果を得られない可能性があるからです。
こうした課題を考えるうえで参考になる資料が、2026年11月5日にIPA(情報処理推進機構)から公開されました。
その名も「AI時代の要求管理ハンドブック」です。
今回は、この資料の重要なポイントをわかりやすく整理し、中小製造業の在庫管理や発注業務を例に、AI時代のシステム開発で何を考えるべきか解説します。
IPAが「AI時代の要求管理ハンドブック」を公開
2026年11月5日、IPAのデジタル&AIシステムズ・デザインセンターは、「AI時代の要求管理ハンドブック Ver.1.0.0」を公開しました。
このハンドブックは、AIやデータ、ソフトウェアの活用が広がる時代に、企業や組織が実現したいことをどのように整理し、システムの開発や運用につなげていくかを解説した資料です。
ハンドブックの基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発表元 | IPA(情報処理推進機構) |
| 公開日 | 2026年11月5日 |
| 資料名 | AI時代の要求管理ハンドブック |
| バージョン | Ver.1.0.0 |
| 主な対象者 | 経営者、業務改革担当者、IT・AI開発担当者、調達・法務担当者など |
| 主な内容 | 要求・要件の整理、AI特有の課題、評価、変更管理、組織への定着 |
資料は大きく5つの部で構成されています。
- 要求管理の基礎
- AI時代に要求管理はどう変わるか
- モデリングとトレーサビリティ
- ルール・制度・コンプライアンスと要求管理
- AI時代の要求管理プロセスの組織への定着
「モデリング」や「トレーサビリティ」など、専門的な言葉も登場します。
しかし、今回の資料はシステム開発の技術者だけを対象にしているわけではありません。
経営者や現場責任者、DX推進担当者なども想定読者に含まれています。
また、IPAはすべての内容を一律に適用する必要はなく、プロジェクトの規模や課題に応じて必要な部分を活用できると説明しています。
参考:IPA「AI時代の要求管理ハンドブック」(2026年11月5日)
そもそも「要求管理」とは?要望・要求・要件の違い
要求管理という言葉は、少し難しく感じるかもしれません。
しかし、考え方自体は身近なものです。
例えば、製造業の経営者が次のように考えたとします。
「原材料の発注業務をもっと楽にしたい」
これは、経営者が実現したいと考えていることですが、このままではシステムの具体的な仕様を決められません。
まずは、この言葉を整理する必要があります。
① 要望:こうなったらいいなという希望
「原材料の発注業務をもっと楽にしたい」
これは要望です。
現場の困りごとや経営者の希望など、まだ具体化されていない状態を指します。
② 要求:何を実現したいのか
要望を詳しく確認すると、例えば次のような目的が見えてきます。
「原材料の欠品を防ぎながら、発注担当者の作業負担を減らしたい」
これは、実現したいことを整理した要求の例です。
単に発注を楽にしたいのではなく、欠品を防ぐことと、担当者の負担を減らすことが目的だとわかります。
③ 要件:何を満たせば実現できるのか
要求をシステムで実現するためには、さらに具体的にする必要があります。
例えば、次のようなものです。
- 毎朝9時までに前日分の在庫情報を反映する
- 生産予定に基づいて原材料の必要数量を計算する
- 品質保留中の在庫は使用可能数量から除外する
- 不足が見込まれる原材料を一覧表示する
- 発注確定には購買担当者の承認を必要とする
これらは、要求を実現するための要件の例です。
実際の要件は、必要なデータ、更新頻度、権限、確認方法なども含めて決めていきます。
DX担当 ちゃま男先輩!「発注を楽にしたい」と言われたら、すぐに発注システムを作ればいいんじゃないですか?
ちゃま男の先輩その前に、何に困っているのかを確認した方がいいね。発注書を作るのが大変なのか、必要数量を計算するのが大変なのかで、解決方法が変わるからね。
DX担当 ちゃま男なるほど!同じ「発注を楽にしたい」でも、必要なシステムが違うんですね!
ちゃま男の先輩そうだよ。要望をそのまま機能に置き換えるのではなく、実現したい目的を明確にすることが重要なんだ。
AI時代には、なぜ要求管理がさらに重要になるのか?
今回のIPAのハンドブックでは、AIの普及によって要求管理の重要性が高まると説明されています。
理由の一つは、AIを利用するシステムには、従来のシステムとは異なる考慮事項があるためです。
① AIは常に期待した回答を出すとは限らない
従来の業務システムでは、あらかじめ定義した計算式や条件に基づいて処理することが一般的です。
例えば、使用可能な在庫数量が150kgで、必要数量が220kgなら、不足数量は70kgです。
計算条件が正しく定義されていれば、この結果は通常の計算プログラムで求められます。
一方、生成AIに「この原材料は来週不足しますか?」と質問した場合、AIがどのデータを参照し、どのように解釈したかによって、回答が変わることがあります。
例えば、品質検査中の在庫や、別の製造予定へ引き当てられた在庫を、使用可能な在庫と誤解するかもしれません。
そのため、AIを使うシステムでは、単に「質問に回答できる」という要件だけでは不十分です。
参照するデータ、判断の条件、誤った結果が出た場合の対応なども検討する必要があります。
② データの品質が結果に影響する
AIに正しい判断を支援させるためには、利用するデータも重要です。
例えば、在庫データが最新ではなかったり、部署によって原材料名の登録方法が異なっていたりする場合です。
AIが高度な分析能力を持っていても、使用するデータが不正確であれば、適切な結果を得られない可能性があります。
そのため、次のような点を整理する必要があります。
- どのデータを使用するのか
- データは誰が登録するのか
- どのくらいの頻度で更新するのか
- データに誤りがあった場合はどうするのか
- 機密情報や個人情報をどのように扱うのか
こうした事項も、AI活用のための要件として考える必要があります。
③ AIと人間の役割を決めておく必要がある
例えば、AIが原材料の不足を予測し、発注案を作成するとします。
そのとき、次のどこまでをAIに任せるのでしょうか。
- 在庫不足の可能性を知らせる
- 発注数量の候補を計算する
- 発注先や納期の候補を提案する
- 発注書を作成する
- 仕入先へ発注を確定する
これらは、すべて同じ重要度の処理ではありません。
発注案を作成することと、実際に取引先へ発注することでは、業務上の責任が異なります。
特に、誤った発注によって大きな損失が発生する可能性がある場合は、人間による承認を組み込むことが重要です。
また、AIが判断できない場合に、誰へ確認を依頼するかも決めておく必要があります。
DX担当 ちゃま男先輩!AIが発注案を作ってくれるなら、そのまま自動で発注してもらった方が効率的じゃないですか?
ちゃま男の先輩それが適切かどうかは、発注金額や間違えたときの影響によるね。まずはAIが提案し、人が確認する方法から始めることもできるよ。
DX担当 ちゃま男AIに任せる範囲を、あらかじめ決めておく必要があるんですね!
IPAが重視する「一度決めて終わりにしない要求管理」
今回のハンドブックで、もう一つ重要なのが、要求や要件を継続的に見直す考え方です。
これまでのシステム開発では、最初に要件定義書を作成し、その内容をもとに開発を進める方法が広く使われてきました。
もちろん、要件定義書を作成すること自体は重要です。
しかし、実際の業務は導入後も変化します。
例えば、次のようなケースです。
- 原材料の仕入先が変更される
- 新しい製品の製造が始まる
- 在庫管理のルールが変わる
- 品質管理の基準が変更される
- AIモデルの更新によって回答傾向が変わる
こうした変化が起きたとき、最初に決めた要件だけを守り続けていては、現在の業務に合わなくなる場合があります。
そのため、要件を管理し、必要に応じて変更していくことが重要です。
要求とシステムのつながりを把握する
例えば、「原材料の欠品を防ぐ」という要求を考えてみましょう。
この要求は、在庫情報、発注点、原材料の使用実績、生産予定などと関係しています。
そのため、在庫の計算方法を変更する場合には、どの要件やシステムに影響するのか確認する必要があります。
このように、要求と要件、システムの機能、テスト結果などのつながりを追跡できる状態を「トレーサビリティ」と呼びます。
難しい言葉ですが、簡単に言えば、「なぜその機能が必要なのか」「変更するとどこに影響するのか」を確認できる状態です。
中小企業であれば、最初から専用の管理システムを導入する必要はありません。
要求、担当者、変更理由、確認結果などをExcelなどで整理する方法から始めることもできます。
製造業の原材料管理で考える、要求管理の5つのステップ
ここまでの内容を、中小製造業が実践しやすい形に整理してみましょう。
例えば、原材料の発注業務を改善する場合です。

STEP1:要望を整理する
「原材料の発注業務を楽にしたい」
まずは、経営者や現場担当者の要望を整理します。
この段階では、どのシステムを導入するかを決める必要はありません。
STEP2:要求を明確にする
「原材料の欠品を防ぎ、発注担当者の作業負担を減らしたい」
実現したい目的を具体的にします。
必要に応じて、欠品件数や発注作業時間などの現状も確認します。
STEP3:要件へ具体化する
実際に必要となる機能や条件を決めます。
例えば、次のような要件です。
- 品質保留在庫は使用可能数量から除外する
- 生産予定をもとに原材料の不足量を計算する
- 毎朝9時までに最新の集計結果を表示する
- 発注確定には購買責任者の承認を必要とする
なお、ここに記載した内容は説明用の例であり、実際の要件は各企業の業務に応じて決める必要があります。
STEP4:実際の業務で検証する
試験運用を行い、期待した効果が得られているか確認します。
例えば、欠品件数や発注作業時間、誤った発注案の発生件数などです。
導入前の状況と比較できるようにすることが重要です。
STEP5:運用しながら改善する
運用を開始した後も、業務やデータの変化に合わせて要件を見直します。
例えば、新しい原材料が追加された場合や、仕入先の発注単位が変わった場合などです。
変更内容を記録しておけば、次にシステムを修正するときにも役立ちます。
この5ステップは、IPAの考え方を参考に中小製造業向けに独自整理した実践例です。
AIによる要求管理の支援も期待されている
今回のハンドブックでは、AIをシステムに組み込む際の要求管理だけでなく、要求管理の作業そのものにAIを活用する方法も紹介されています。
例えば、次のような作業です。
| 作業 | AIによる支援の例 |
|---|---|
| ヒアリング | 不足している情報を確認する質問案の作成 |
| 要望整理 | 議事録から要望や課題の候補を抽出 |
| 要件定義 | 要件定義書のたたき台を作成 |
| 整合性確認 | 要件同士の矛盾や不足の候補を発見 |
| 変更管理 | 要件変更による影響の整理 |
| 文書化 | 業務フローや説明資料の作成支援 |
例えば、現場担当者へのヒアリング結果を生成AIに整理させ、要求の候補を洗い出す方法が考えられます。
ただし、AIが作成した要件定義書を、そのまま正しいものとして採用してはいけません。
AIが現場の特殊な運用や重要な例外処理を理解していない場合もあります。
また、ヒアリング記録に機密情報が含まれている場合には、AIサービスの利用条件やデータの取り扱いを確認する必要があります。
AIは要求管理を支援する手段であり、経営判断や業務上の責任まで代わりに負うものではありません。
すべての業務にAIを使う必要はない
今回のハンドブックで特に参考になるのが、AIを使うこと自体を目的としないという考え方です。
例えば、原材料の必要数量を計算するだけなら、一般的な計算プログラムで対応できる場合があります。
一方、取引先から届いた自由形式のメールを読み取り、納期変更の内容を整理するような仕事では、生成AIが役立つ可能性があります。
重要なのは、業務に合わせて適切な方法を選ぶことです。
| 業務 | 適した方法の例 |
|---|---|
| 原材料の必要数量計算 | 通常の計算プログラム |
| 在庫数と発注点の比較 | ルールに基づく自動判定 |
| 発注承認 | 業務システムの承認機能 |
| 取引先メールの内容整理 | 生成AIによる支援 |
| 過去のトラブル記録の検索 | 検索機能、必要に応じてAI |
| 発注履歴の保存 | データベース・業務システム |
AIを導入することよりも、業務を正確に、効率よく進められる仕組みを構築することが重要です。
ちゃま男: 先輩!せっかくAIを使うなら、計算も承認も全部AIに任せた方がよさそうですね!
先輩: 実は、決まった計算や承認ルールは、従来のシステムで処理した方が適している場合もあるよ。
ちゃま男: 何でもAIにすればいいわけじゃないんですね!
先輩: そのとおり。AIが得意な仕事と、通常のシステムが得意な仕事を分けることが大切なんだ。
中小企業は何をすべきか?要求管理を始める5つの実践策
では、これからDXやAI導入を進める中小企業は、何から始めればよいのでしょうか。
① 改善したい業務を1つ選ぶ【最優先】
最初から会社全体のシステムを見直す必要はありません。
まずは、在庫管理、設備保全、品質検査、製造日報など、改善したい業務を1つ選びます。
経営者と現場責任者が、何に困っているかを共有することが大切です。
② 「要望」と「実現したい成果」を分ける
例えば、「製造日報を電子化したい」という要望があった場合です。
その理由が、集計時間の削減なのか、記録漏れの防止なのか、進捗の可視化なのかを確認します。
解決したい問題によって、必要な機能は変わります。
③ 必要なデータ・業務ルール・例外処理を整理する
システムで何を実現するか決まったら、使用するデータや業務ルールを整理します。
特に、次の内容を確認しましょう。
- 必要なデータは何か
- 誰が入力・更新するのか
- どのような条件で処理するのか
- 例外的な場合はどう対応するのか
- 誰が承認・判断するのか
- AIを使う必要がある処理はどこか
ここは、システム開発会社にすべて任せるのではなく、業務を理解している社員が関与する必要があります。
④ 成果を判断する指標を決める
導入前に、改善の成果をどう測定するか決めます。
例えば、発注作業時間、入力ミス件数、記録漏れ件数などです。
目標を数値で設定できれば、導入後に効果を比較しやすくなります。
また、AIを利用する場合は、回答の誤りや修正率、利用者の確認負担なども評価対象になります。
⑤ 導入後も要件を見直す
運用を始めた後も、業務の変化に合わせて要件を見直します。
例えば、毎月1回、現場からの改善要望とシステムの利用状況を確認する方法が考えられます。
この頻度はあくまで実務上の一例であり、業務の重要度や変更の多さに応じて調整してください。
重要なのは、要件定義を一度の作業で終わらせないことです。
中小企業向け「要求整理シート」の作成例
専用の要求管理システムを導入しなくても、最初は次のような簡単なシートから始められます。
| 確認項目 | 原材料発注業務の記入例 |
|---|---|
| 現在の課題 | 発注数量の計算に時間がかかる |
| 実現したいこと | 欠品を防ぎ、発注負担を減らす |
| 現在の業務 | Excelで在庫と生産予定を確認 |
| 必要なデータ | 在庫、使用量、生産予定、仕入先 |
| 主な業務ルール | 品質保留在庫を使用可能数から除外 |
| 承認・責任者 | 購買責任者が発注確定 |
| AIの利用範囲 | 必要性を検討。まず計算ロジックで試す |
| 評価指標 | 発注作業時間・欠品件数 |
| 変更時の対応 | 要件と検証結果を記録する |
※上記は説明用の架空の記入例です。
これらの情報を経営者、現場担当者、開発担当者が共有するだけでも、システムに求める内容を整理しやすくなります。
また、要件の変更理由や、変更後の確認結果を残すことで、運用中の改善にも活用できます。
AI導入前に、業務とデータの準備状況を確認しよう
AIや業務システムの導入を検討する際には、まず現在の業務やデータがどの程度整理されているかを確認することが重要です。
例えば、紙の帳票や担当者ごとのExcelに情報が分散していたり、業務上の判断ルールが明文化されていなかったりする場合です。
こうした状態では、AIを導入する前に、業務手順やデータの整備が必要になる可能性があります。
ラック・インターナショナル株式会社では、中小製造業向けに「AI READY診断」を公開しています。
全10問・約3分で、データ化、構造化、業務ルールの言語化、改善サイクル、組織環境などの準備状況を確認できます。
※本診断は独自の簡易セルフチェックであり、AI導入の実現可能性や効果を保証するものではありません。
まとめ|AI時代こそ「何を実現したいか」を明確にする
2026年11月5日、IPAは「AI時代の要求管理ハンドブック」を公開しました。
今回の資料で重要なのは、単にシステムの機能を決めるだけではなく、経営や業務の目的を整理し、実装・評価・運用・改善まで一貫して考えることです。
特に中小企業が意識したいのは、次の5点です。
- 要望・要求・要件を区別して整理する
- AIを使うこと自体を目的にしない
- データ品質や業務ルールを明確にする
- AIと人間の役割・責任を決める
- 導入後も要件と成果を継続的に見直す
生成AIの進化によって、システムを開発する手段は今後も変化していくでしょう。
しかし、「何を実現したいのか」「どのような状態になれば成功なのか」を決めることは、企業自身の重要な役割です。
これからAIや業務システムの導入を考えている企業は、まず改善したい業務を1つ選び、その目的と必要な条件を書き出すことから始めてみてください。
それが、AIを単なる便利なツールで終わらせず、実際の業務改善へつなげるための第一歩になります。
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参考資料
※本記事は2026年11月8日時点で確認できるIPAの公開情報に基づき、ラック・インターナショナル株式会社が独自に解説したものです。製造業の原材料発注に関する例は説明用であり、IPAが特定のシステム構成を推奨したことを示すものではありません。

